工楽松右衛門旧宅とは

江戸時代に、海運業や港湾改修などを行った、工楽松右衛門の居宅です。

江戸時代に加古川舟運や海運の港町として繁栄した高砂にあり、南堀川の船着き場の前にあります。

主屋は本瓦葺き木造2階建で、江戸時代後期の建物です。平成28年1月に、史跡として市指定文化財に指定されています。

  

  工楽松右衛門旧宅東面    南面舟板壁

 

初代工楽松右衛門と工楽家

初代松右衛門(1743年から1812年)は高砂東宮町に生まれ、若くして兵庫津(神戸市兵庫区)に出て船乗りとなります。

のちに御影屋という海運業を営みましたが、船の帆を改良し丈夫で耐久性のある「松右衛門帆」などを発明します。

また、幕府や藩の依頼で、箱館(北海道函館市)や択捉島、鞆の津(広島県福山市)など、全国の湊を改修しました。

2代松右衛門以降も、地元高砂の港を改修し新田を開発するなど、初代の意思を継いで事業を行っています。

工楽家は、近代には砂糖の問屋などを営みながら、棟方志功などの文化人と交流し、居宅は文化サロンの場にもなっていました。

  

初代銅像(高砂神社)     関係地図

 

南堀川遺構

高砂は、江戸時代に、瀬戸内海運と加古川舟運をむすぶ拠点の湊として、繁栄しました。

高砂の町は、碁盤目状の町割りと堀川が囲んでいます。

旧宅東側旧宅東側の駐車場整備工事に先立ち、発掘調査を実施したところ、江戸時代の南堀川遺構が良好に保存されていることがわかりました。

堀川護岸の石垣や、舟から荷物を揚げ降ろしする雁木という石階段など、船着場の遺構が見つかりました。

駐車場の整備にあたって、南堀川遺構の一部を公開展示しています。

 

   発掘調査時       雁木の復元展示 

 

一般公開 

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