高砂市水道事業100周年記念誌
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高砂市水道事業 100周年記念誌1.計画の策定と認可〈1963年〉 第4次拡張計画を1961(昭和36)年から3か年計画で実施していたが、当時の急激な人口増と水使用量の増大を受けて、根本的に拡張事業を見直し、1975(昭和50)年度を目標年次とする第5次拡張計画を立案した。 基幹施設である朝日町浄水場は表流水を水源としていたが、1956(昭和31)年頃から上流の工場排水による汚染度が増加し、施設の効率も年々減退していた。 朝日町浄水場は当分の間、補完的施設として利用しながら、将来的には水源を伏流水とする計画に変更し、米田水源地と配水管の計画を拡張、改良することとした。 計画は、給水区域を高砂市全域及び加古川市平津及び船頭地区として、計画給水人口126,500人、1日最大給水量55,080㎥と計画し、1963(昭和38)年12月18日に認可申請を行い、12月28日に認可を受けた。 米田水源地では、第1取水設備の拡張、堤外取水設備の新設、第2ポンプ室の建設、電気設備の設置が計画された。 また、送水管や配水幹線の布設も計画された。64・米田水源地工事風景第4節 第5次拡張計画

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